今月はよっとリーダーがディレクターを務め、私は客観的に全体を見る機会がありました。2025年もまもなく終わろうとし、1年間あっという間でした。4月から始まった森のようちえん・がっこうに来てくれる子どもたちは想像を超え、私の描く野外活動クラスを体現しました。
想像を超えるとはどういうことでしょうか。4月から振り返ってみたいと思います。
4月「峰山ハイク」より昼食時の広場での自由遊び。
5月「野外炊事」より虫とり界隈。
6月「潮干狩り」より海藻温泉。
7月「登山・川あそび」は川あそびでした笑。
9月「釣り」より海あそび。
10月「野外炊事」より磯遊び。
11月「鎌倉ハイク」より、山肌登り・滑り。
そう、私たち大人が企画したのものではないあそびが大変盛り上がるのです。この”力”は決して子どもだから持てるものではありません。さてこの”力”とは?
森の活動のコンセプト「あそびが生活だったあの頃」のあの頃とは、それは私の幼少時代を過ごした90年代のことを想定しています。私は母子家庭で育ち、母親は朝から晩まで馬車馬のように働いていました。ただ決してさみしいという記憶はありません。なぜなら、近所の人や保育園にお迎えがくるまで預かってくださった園長先生のご家族や学校へいけば友だちがたくさんいて、そして先生、学童の先生など私の周りには支えてくれる人、地域社会がありました。そんな生活の中で、湘南の海に揉まれ、焚き火で竹を燃やし爆発させたり、10m程の木に登ったりあそび中心の生活を営んでいました。また長期休みとなれば埼玉の祖母の家に電車を乗り継ぎ、往路は千葉の銚子、帰りは東京の奥多摩経由で1年生から一人で行っていました。当時は携帯電話もなかったので、片道2時間もあれば着く距離を6時間かけて行き帰りしてたので、親も祖母も心配が尽きなかったと今でも語っています笑
さて、なぜ90年代なのか。戦後史を紐解くと私たちが現代に突きつけられている課題が見えてきます。先の大戦に負けた日本は、どん底から這い上がってきました。先人たちは明るい平和な日本を築くため、60年代高度経済成長による経済によって未来を切り開きます。70年代経済が潤い、ファッションなど文化が隆盛します。80年代アイドル全盛期を迎え、社会を照らします。90年代メディア隆盛により月9などドラマなどが絶頂を迎えます。一方阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件など社会の混沌さの中に置かれ、子どもながら生きている実感をもっていたことを覚えます。2000年代ここから情報社会が加速し、インターネット、携帯電話、スマホとより多くの人とつながることができグローバル化が加速します。私たちは未来に対して先が見えなくとも、様々な要素が私たち人々の背中を押し、進んできました。要は不安だけれど、それも楽しめる社会がまだありました。さてここからが問題です。AIの登場です。あらゆる場面で作業効率が上がり、最近では「ジピる(chatGPTで調べる)」という言葉がググるを過去の遺物化にする勢いとなっています。では、ここまで便利な社会になっているにもかかわらず、私たちの生活はこんなに忙しいのか?子育て中だから?仕事がその分増えるから?そしてなぜこんなに生きづらさを抱えている人が多いのでしょうか。それは本来は誰もわからないはずの未来の”正解”が見えてきているからだと私は思います。
最近若者の中で流行りの「考察動画」。最近の考察は「作者の意図を当てるゲーム」化しています。要は考察が当たる=正解があること=報われることが安心材料なのです。最近映画の結果を知ってから観に行く人が増えているという傾向もあります。もし結果が面白くなければそれは報われない=無駄というラベルが貼られるのです。そうAIはこの無駄を削ぎ落とし正解を提供してくれます。そうなると正解に近づかない自分は「不安」「生きづらさ」へと変化していくのです。
結局は正解とは虚構であり、そこに各々が当てはめられていくのが現代のアルゴリズムなのです。(SNSで興味のあるジャンルの投稿ばかりがでてきてそれを”私だ(個性)”と当てはめてしまうアレです)
子どもたちは私たちが企画したもの以外にハマり、あらたなあそびを創造し、友だちと楽しむ。これが現代社会のアルゴリズムから外れ、真の個を発揮するための準備期間だと私は信じています。
当たり前が当たり前でなくなってきているこの現代社会で大切なのは、不安や困難、未知な場面にぶち当たっても、それを前向きに楽しめる”力”だと思います。
2025年も大変お世話になりました。大きな事故もなく無事終えられたことがみなさまのお支えがあってのことです。どうぞご家族のみなさまもご自愛ください。また2026年にお会いしましょう!(みんなと一緒に山を登りたかったな。。。)