ラベル 野外活動 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 野外活動 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年2月6日金曜日

同じ釜の飯を食う 森のようちえん・がっこうコラムvol.7

1月活動の野外炊事企画は、ある女子2人のリクエストから実現しました。「たっきー野外炊事でおでんやりたーい!」「えーおでんか〜最高やないかい⁉︎」と二つ返事で決定笑

飯と自主企画をキーワードに今回はお話しします



2026年の幕が開けました!どうぞ今年もよろしくお願いします!

 個人的な今年の目標の一つに"美味いもんを食う"を掲げ、カップラーメンをすすりながら綴る...


 たっきー家では年末年始に富士山YMCAでキャンプをしました!夕飯は炊事をし、実はそこでもおでんを作りました。極寒の中(当時0℃)、熱々のおでんの温かさは今まで以上に安らぎを与え、食べることの大切さを味わいました。

 普段何気ない温かいご飯を当たり前のように食べていたことや温かさを全身でしみじみと感じる時でした。一方、日頃都市型の生活をしているとご飯のありがたみや命をいただくという語源であるいただきますは、頭で理解していますが、身体で感じず、本質的に理解していなかったと反省する時でもありました。

 飯を食う。この当たり前の営みがあるからこそ日頃の力が生まれ、あそび、学び、生活ができるんだと思います。

 そして人間は人間以外のものを口にして生きています。そこにどう感謝していけるか永遠の課題だなと考えていましたが、今年は狩猟にチャレンジし、命の循環の体験を通して、"生かされてる"ことを感じる1年にしたいなと意気込んでいます!


 さて、同じ釜の飯を食うという言葉。生活を共にすることで深い絆や帰属意識が生まれるという慣用句です。最近では子ども食堂が盛り上がってきてますが、皆でご飯を食べるという営みは人間関係構築の本質をついているのです。

 よく刑事ドラマで自白を促すシーンでかつ丼を提供するシーンがあります。(最近はあまりないか笑)かつ丼は高カロリー高脂質であり、血糖値を一気に上げることで、判断力がにぶり、自白しやすいという理由です。また人間は食事中は防衛本能が下がり、会話をするのも効率が良いとされてます。食事はサイエンスなんです。

 野外炊事のように調理工程から共に食事をすることは、なによりも最高な組み合わせです。炊き出し用の大鍋を空にするほどみんなで食べたおでんは格別でした!想像通り、食後は目いっぱいあそんでいる子どもたちがそこにいました。

 やはり身体いっぱいにあそぶ力の源泉は飯を食う!なのです。ある口うるさいパパがいます。「みんなでがんばったからお米が焦げても、料理が失敗してもおいしいね!。。。ってそんなことはない!!」そう不味いもんは不味いんです。「だから料理は上手くなれ!」あー数年後「パパうざ…」と言われるのが目に見える…

 現代では1食ぐらい抜いても栄養過多な食生活やコンビニなどで気軽に食べられることでなんとでもなりますが、やっぱり生活を営むためにはうまい飯を食って、力を湧かせないといけません。そのために料理は上手くなければならないのです。

 だから、火や刃物を使うような危険を伴うことはなんでも体験だからやってみよう!ではなく、まず見て学べ!なのです。経験がない、意欲がないのに体験だからとやらせれば怪我をします。つまりその人自身の段階がどこなのかを見極め、今だ!という時を見計らって任せます。そのため今回は4年生の子だけに包丁をたくし、代行の輪切りとそのうち1人にはかつらむきを教えました。

 毎回の炊事を自主的にこなしていけば、年少者でも刃物や火を扱うこともあるということです。これこそが森の活動の食育です。


以前の炊事と比べると、炊事に関わる子どもが増えたのは一目瞭然です。5月の炊事は火が起きる前にカブトムシの幼虫を掘削してあそんでる男子が大半でした笑笑

 教育に即効性はありません。毎月の活動を通してできることや他者を思うことが養われていくと信じています。



だから、今年はいっぱいみんなで美味いもん食っていこう!


森のようちえん・がっこうディレクター 田北

 



2026年1月9日金曜日

楽しむチカラ ~森のようちえん・がっこう コラムvol.6

 今月はよっとリーダーがディレクターを務め、私は客観的に全体を見る機会がありました。2025年もまもなく終わろうとし、1年間あっという間でした。4月から始まった森のようちえん・がっこうに来てくれる子どもたちは想像を超え、私の描く野外活動クラスを体現しました。


 想像を超えるとはどういうことでしょうか。4月から振り返ってみたいと思います。

4月「峰山ハイク」より昼食時の広場での自由遊び。

5月「野外炊事」より虫とり界隈。

6月「潮干狩り」より海藻温泉。

7月「登山・川あそび」は川あそびでした笑。

9月「釣り」より海あそび。

10月「野外炊事」より磯遊び。

11月「鎌倉ハイク」より、山肌登り・滑り。 

そう、私たち大人が企画したのものではないあそびが大変盛り上がるのです。この”力”は決して子どもだから持てるものではありません。さてこの”力”とは?


 森の活動のコンセプト「あそびが生活だったあの頃」のあの頃とは、それは私の幼少時代を過ごした90年代のことを想定しています。私は母子家庭で育ち、母親は朝から晩まで馬車馬のように働いていました。ただ決してさみしいという記憶はありません。なぜなら、近所の人や保育園にお迎えがくるまで預かってくださった園長先生のご家族や学校へいけば友だちがたくさんいて、そして先生、学童の先生など私の周りには支えてくれる人、地域社会がありました。そんな生活の中で、湘南の海に揉まれ、焚き火で竹を燃やし爆発させたり、10m程の木に登ったりあそび中心の生活を営んでいました。また長期休みとなれば埼玉の祖母の家に電車を乗り継ぎ、往路は千葉の銚子、帰りは東京の奥多摩経由で1年生から一人で行っていました。当時は携帯電話もなかったので、片道2時間もあれば着く距離を6時間かけて行き帰りしてたので、親も祖母も心配が尽きなかったと今でも語っています笑

 

 さて、なぜ90年代なのか。戦後史を紐解くと私たちが現代に突きつけられている課題が見えてきます。先の大戦に負けた日本は、どん底から這い上がってきました。先人たちは明るい平和な日本を築くため、60年代高度経済成長による経済によって未来を切り開きます。70年代経済が潤い、ファッションなど文化が隆盛します。80年代アイドル全盛期を迎え、社会を照らします。90年代メディア隆盛により月9などドラマなどが絶頂を迎えます。一方阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件など社会の混沌さの中に置かれ、子どもながら生きている実感をもっていたことを覚えます。2000年代ここから情報社会が加速し、インターネット、携帯電話、スマホとより多くの人とつながることができグローバル化が加速します。私たちは未来に対して先が見えなくとも、様々な要素が私たち人々の背中を押し、進んできました。要は不安だけれど、それも楽しめる社会がまだありました。さてここからが問題です。AIの登場です。あらゆる場面で作業効率が上がり、最近では「ジピる(chatGPTで調べる)」という言葉がググるを過去の遺物化にする勢いとなっています。では、ここまで便利な社会になっているにもかかわらず、私たちの生活はこんなに忙しいのか?子育て中だから?仕事がその分増えるから?そしてなぜこんなに生きづらさを抱えている人が多いのでしょうか。それは本来は誰もわからないはずの未来の”正解”が見えてきているからだと私は思います。


 最近若者の中で流行りの「考察動画」。最近の考察は「作者の意図を当てるゲーム」化しています。要は考察が当たる=正解があること=報われることが安心材料なのです。最近映画の結果を知ってから観に行く人が増えているという傾向もあります。もし結果が面白くなければそれは報われない=無駄というラベルが貼られるのです。そうAIはこの無駄を削ぎ落とし正解を提供してくれます。そうなると正解に近づかない自分は「不安」「生きづらさ」へと変化していくのです。

 結局は正解とは虚構であり、そこに各々が当てはめられていくのが現代のアルゴリズムなのです。(SNSで興味のあるジャンルの投稿ばかりがでてきてそれを”私だ(個性)”と当てはめてしまうアレです)


 子どもたちは私たちが企画したもの以外にハマり、あらたなあそびを創造し、友だちと楽しむ。これが現代社会のアルゴリズムから外れ、真の個を発揮するための準備期間だと私は信じています。

 当たり前が当たり前でなくなってきているこの現代社会で大切なのは、不安や困難、未知な場面にぶち当たっても、それを前向きに楽しめる”力”だと思います。



 2025年も大変お世話になりました。大きな事故もなく無事終えられたことがみなさまのお支えがあってのことです。どうぞご家族のみなさまもご自愛ください。また2026年にお会いしましょう!(みんなと一緒に山を登りたかったな。。。)


ディレクター 田北

2025年2月25日火曜日

「歩くこと」 森のようちえん・がっこう コラムvol.5

人間が他の動物と異なることは、“祈る”ことと“歩く”ことだと言われています。

歩くというのは直立二足歩行のことです。二足歩行する動物は鳥や猿などもいますが、足の真上に頭が来るのは人間だけです。

 

 その理由としていくつかあります。一つは長距離移動ができるということ。直立二足歩行は鳥やサルと比べ、体への負担が抑えられ長距離を歩くことができるといわれています。

人類の歴史を振り返ると、日本では四国で有名なお遍路。自らの煩悩を払い、自身の行いを見つめなおすとされています。

 世界では、スペイン サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路(十二使徒ヤコブの遺骨が発見され、キリスト教第3の聖地)約900㎞の道のりを歩く人もいます。

 人類は、自分と向き合い、振り返り、様々なことを感じたい時に“歩く”ということに臨みます。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路

 今回のハイキングは藤沢YMCAから江の島までの約4km、そして江の島を散策するとトータル6,7kmもの距離を歩くのではないでしょうか。1,2月の活動の登山やアスレチックでは、身体的な負担の大きな活動でありました。一見大変そう。。。と敬遠しがちな野外活動ですが、お友だちやリーダーが一緒にいるからこそ、乗り越え、達成し、そこに絆が芽生えます。人間関係を築くのが難しい今日。いかに「助けて!」といったときに無償で助けてくれる仲間がいることが大事になってくるのではないでしょうか。そして、その手を差し伸べる“心のうごき”は、不思議で神秘的な“自然”と向き合うことで養われると海洋生物学者レイチェル・カーソンの著書『センス・オブ・ワンダー』で伝えています。



 野外活動、屋外あそびに渋るお子様ほど、はまっていく自然体験。ぜひ子どもの背中をおして参加させてほしいなと思います。


たっきーリーダー




2024年12月5日木曜日

山と生きる ~森のようちえん・がっこう コラムvol.4~

私たちが口にするものはどんなものでしょうか?
それは「人間以外のもの」です。つまり、人間は他者(自然、動植物)の命をいただいていて生活を営んでいるのです。(他者の命をいただくが「いただきます」の語源です。)


 自然は“恵みの源”であり、特に山には多く含まれます。私たちの食の7~8割は土から生成されています。その恵みのほとんどが、山からはじまり、その恵みが雨と共に土を潤し、川に流れます。上流から下流へと続く長い流域は、人工的に線を引いた自治体の枠を超え、数多くの地域に山からの恵みを届け、私たちの暮らしに恵みをもたらします。具体的には、田畑に水やミネラルなどを送り、作物を育てます。その作物は私たち人間が食べたり、家畜の餌となります。そして最終的には海へと流れ、海洋資源となり、また私たちの生活にもどります。
スキーキャンプ会場“志賀高原”

 山から川、そして海へとつづくサイクルを考えると、海洋汚染やプラスチック問題がよくニュースであがりますが、大事なのは、根本の山や川そして私たちの生活圏でよく考えなければいけないことがわかります。

 日本といえばやっぱり“富士山”。富士山は「世界文化遺産」と言われています。。

理由は、自然観や日本文化に大きな影響をあたえ、人と自然の共生を象徴するものだからです。
 歴史的に修験者が多く、山岳信仰で流行したことや世界的に有名な芸術作品にも数多く富士山が描かれています。このように日本では、山と私たちの生活が密につながり、共生しているということを感じなければいけません。
富士山YMCA

 1月活動の登山は、子どもたちにとって、大変。。。楽しい!色々感じることがあると思います。人間が唯一他の動物と異なる点は、祈ることができることと長距離歩行ができることです。昨今の子どもの体力低下にも、現代の子どもたちは歩数が圧倒的に30年前の半数以下というデータがあるように、歩くことで基礎体力をつけ、知力、精神力へとつながるきっかけになればよいと願っております。

森のようちえん・がっこう 田北(たっきーリーダー)

2024年11月9日土曜日

自然と生活のつながり ~森のようちえん・がっこう コラムvol.3~

キャンプやアウトドアをとおして日々の生活から離れ、癒しを求めに自然の中へ訪れることがありますよね。


 でも実はそうではなく、人間は自然の一部であり、本来あるべき場所(自然)に戻るから癒され、落ち着くのだと感じます。本来あるべき人間の営みは、自然と共存することであり、都市化した日ごろの生活空間は、“かりそめの場所”ということに気づかなければなりません。

 日本の歴史をたどると、縄文時代が昨今注目されています。理由は、あらゆる調査の中で、
1万年以上も争いの痕跡がなかったとされています。なぜでしょうか。1つに共同体意識が強かった。2つ目に自然との共存です。特に2つ目です。かつて世界四大文明といわれた場所は、現代では、砂漠化、乾燥地帯となっています。それは資源をつかいすぎたからです。
 縄文時代の意図人は、自然の中で狩猟採集をしていた生活で、必要最低限な量を採取・狩猟し、翌季、翌年にも安定して資源が残るよう自然とうまく向き合い、共同体生活を営んでいました。要は持続可能な暮らし。現代でいうSDGsです。そのため、日本国土の森林率は、フィンランドに次いで第2位の67%と言われており、過去の日本人がいかに自然と共存してきたかがわかります。

 自然は私たちの恵みの源です。山からの恵みが川によって平地にもたらせれ、生活を潤します。そして海に流れ、海の海産物を食す。私たちが口にするものは、人間以外の要は“自然の恵み”なのです

 自然とは週末に癒されにいく場所ではなく、私たちの生活に自然は密につながっており、生きているということを忘れてはいけません。


田北(たっきーリーダー)

2024年10月17日木曜日

あそびは平和を創る ~森のようちえん・がっこう ~コラムvol.2~

「クタクタになってあそび、食べて、寝る!」 
さすれば平和は創れる。そんな理想が現代で叶うとうれしいですが、現実はそうではありません。  


 ウクライナ・ロシアの戦争は、約1年半にも続いています。世界各国を見渡せば、紛争、内戦、支配等、目に余る惨劇が今もなおつづき、多くの子どもたちや無抵抗な市民が巻き込まれています。  
 
日本国内では戦争は起きていません。しかし大変悲しい現実があります。一見平和に見える日本。ではなぜ生きづらさを抱える人、自ら命を立つ人が多いのでしょうか。それは「無関心」です。  
 人間関係が希薄し、個人主義、学歴社会などまさに資本主義から生まれた競争社会は、物の豊かさと引き換えに、人と心のつながりを切り離していきました。今日では、見えない他者に誹謗中傷するなどSNSの問題は、あきらかに“感情の劣化”といっても過言ではありません。

  さて、タイトルの話にもどります。フランスの哲学者“ジョルジュ・バタイユ”は『呪われた部分~普遍経済学論~』の著書の中で、「過剰」という言葉を用いています。太陽は、見返りを求めず、自らを破壊し、エネルギーを放出し、過剰な熱と光を地球に降り注いでいます。そして善人にも悪人にも平等に陽を浴びさせることができ、これを「純粋贈与」と呼びます。  そして過剰の太陽エネルギーをもとに、植物、動物そして人間は生成され、この循環こそが、経済の根本だとバタイユは唱えます。

  しかし、産業革命後、世界の主流は資本主義社会となり、物を売って得た富は、贈与ではなく、増殖させ、富を持つものがさらに富を得るシステムへと変わり、格差がうまれていきます。過剰=「純粋贈与」の形が姿を変え、人間のもつ過剰エネルギーは、自分のためにつかい、他者への攻撃にかわり、誹謗中傷、いじめ、偏見、差別、そして戦争につながると説きました。 (だいぶ過程は省略しています)

  そのため、森のようちえんの野外教育では、まずあそびを通して身体性を伴う体験を徹底的に森(自然)の中でします。 
 なぜ自然なのか。「自然は中立」だからです。石川県の例のように年始の大地震を受け、市民の方のがんばりや全国の方の支援の中、少しずつ復興し、仮設住宅が整ってきた矢先に豪雨による被害。私たち人間がいくらがんばっても祈っても自然は容赦なく私たちにその強大な力を見せつけます。
出張先のバンクーバーYMCAのキャンプ場 
クジラの出る海でマリンプログラムが実施されます

  森で遊ぶことは、私たち人間が自然に適用していかなければ容易に踏み入れることはできません。そのような環境下であそぶということが、五感や脳をフルに使い、過剰エネルギーを創出します。そして精神性を伴う体験、そう他者とのつながりの中で、その過剰エネルギーを使い、贈与していくのです。要は他者(人や自然、動物)に思いを寄せていくのです。 



  だから、子どもの時には、とにかくあそんで、おなかがすいたら食べて、そして寝る。これが平和を創るための幼少期の大切な時間であると私は信じています。

  藤沢YMCA田北(たっきーリーダー)  

2024年9月5日木曜日

野外活動のすすめ ~森のようちえん・がっこう コラムvol.1~

 今日、AIIoTなど特にコロナ後に先進的な急速な技術革新に伴い、目まぐるしく社会は変化しています。また、安心、安全、便利、快適、効率化した社会は、豊かな日常生活を送れているようにみえます。

 さて果たして本当でしょうか?あらゆるものがオートマ化し、情報社会により、様々な情報が簡単に手に入ります。一方、私たち社会に絶対必要な条件“人間関係”は、どうでしょうか。人間関係は、時間と労力をつかい、大変なこともあります。しかし、私たち人間は動物界では弱く、群れて、連帯してきたことから、この地球で勝ち残ることができました。すなわち、人間としての営みの根底は“他者とのつながり”が絶対条件だということが、人類史から見ても証明されています。

 上記でも述べたように、人間は逆境、困難の中で、他者と連帯し、生
きる力を養ってきました。さて、今日の社会で他者とつながりを意識しなければ生きていけないのでしょうか。

いや、そんなことはありません。しかし、人間の身体性、精神性、社会性は劣化してきているといわれています。SNS上で見ず知らずの人を叩く、人身事故に遭遇した際、周りの人々が動画を回していることに私は恐怖を感じました。

現代の子どもには“三間”が足りないといわれています。「時間」「空間」「仲間」そして最近では「不足が不足している」といわれています。

はたして「助けてといったときに、助けてくれる仲間」が私たちにどれだけ周りにいるのでしょうか。

中高生と富士山登頂

 さて、“森のようちえん“をお聞きしたことはありますでしょうか。北欧発祥の幼児教育の一つで、スウェーデンでは、国家戦略のひとつに「野外活動」が盛り込まれています。 

人格形成を担い、多感な幼児期に自然の中での体験を通し、社会性、人格形成、認知能力、非認知能力、身体性などさまざまな学びにつながると推奨しております。中には森の中で算数を教えたりもします。

教育の観点からこの活動は大変優位性があり、単純に森(自然)を相手にすることは、楽しいだけでなく、きちんと知識や準備を整えなければ、命の危険を伴うという、かつて人間が森で共存していた時代からかけ離れた現代の社会では気づきづらい社会課題を私たちが理解しなければいけません。

 そのため、今回は森のようちえん第1弾では、保護者の皆様と一緒に森の中で、“生きる”ために絶対条件である“食”をテーマにおにぎりをつくります! 

 「なしつつ学ぶ~Learning by doing~」様々な体験を通して、まずは感じる。そして薪を割るために薪割をする。火おこしのために火を起こす方法が目的とせず、すべては“生きること”“食べること”のために本質的な体験をすることが大切です。


薪割りは“なた”をつかいます

今回を機に数多くの野外活動を実施していこうと思っています!ぜひご家族の皆様とご参加くださいね! 

藤沢YMCA 田北 孝紀(たっきーリーダー)